カフカ『巣穴』62
フランツ・カフカの短編小説『巣穴』を翻訳していくtheLetterの第62回です。
頭木弘樹
2026.10.22
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●翻訳のつづきです
こういう状態でのみ、ただこういう状態でのみ、巣穴に戻るということを、成し遂【と】げられるのだ。今や苔の下で、以前に投げ入れた獲物の上に横たわり、その血と肉汁がまわりに流れているなかで、待ち望んでいた眠りにつくことができる。妨【さまた】げるものは何もない。誰も追ってこなかった。苔の上は少なくとも今のところ静かだ。たとえ静かでなくても、今はもう監視を続けてなどいられない。わたしは居場所を変えたのだ。上の世界から自分の巣穴の中に入ってきたのであり、その影響はすぐにあらわれた。ここは新たな世界であり、新たな力を与えてくれる。上では疲れていられても、ここでは疲れてはいられない。つらく苦しい旅から戻ってきて、気が遠くなるほど疲れてはいるが、久しぶりの我が家で、片付けなければならないこともたまっているし、すべての場所をざっとでもいいから素早く点検しておきたいし、中央広場にはとくに大急ぎで行ってみる必要があるから、そうしたあれやこれやで、疲れているはずが、熱心に動き回ることになる。それはまるで、巣穴に入ったとたん、一瞬のうちにたっぷりぐっすり眠れたかのようだ。