カフカ『巣穴』50
ついに50回目です!
少しずつ進めてはおりますが、あらためて翻訳の難しさを感じています。
向井和美さんの『読書会という幸福』(岩波新書)はタイトル通り、読書会についての本なのですが、向井和美さんは翻訳家なので、翻訳の話も出てきます。
翻訳の名人であった師匠から教わったことの一部を、向井さんが書いてくださっているのですが、これがすごくよかったです!
たとえば——
やまとことばを使うべし
これは最初に教わった基本中の基本。たとえば「顕著な変化の理由を明確にする必要がある」という直訳調の文は「なぜこれほど大きく変わったのか、はっきりさせなければならない」とすればぐんとわかりやすくなる。
この「基本中の基本」さえ、なかなかできないものです。
なかには「『顕著な変化の理由を明確にする必要がある』という文章でもぜんぜんいいよ」という人もいるでしょうが、一冊まるまるこの調子だと、やっぱり疲れます。
ちょっと内容の難しい本だと、こういう翻訳になっていがちですが、内容が難しいんだから、文章だって難しくていいだろうということなのでしょう。でも、読むほうとしては、内容が難しいからこそ、文章はなるべく読みやすくしてほしいと思ってしまいます。
原文に「顕著」「変化」「理由」「明確」「必要」という単語が出てくるのだから、訳文にもそれを使うべきと考える人もいますが、欧文と日本文ではそもそも表現の仕方が異なるわけで、単語の訳をそのまま並べるとわかりにくくなってしまいます。
向井和美さんは他にもいろいろ翻訳の心得を書いてくださっています。
それで、向井和美さんが翻訳された本を読んでみたら、なんともわかりやすい!
それで、ぜひ私のアンソロジーでも新訳していただきたいと思い、
『放課後によむ短篇集』(理論社)で、
ジョー・ヒル「一〇〇グラムの親友」
を訳していただきました。
期待どおりの素晴らしさです。
アンソロジーの宣伝みたいになってしまいましたが。
翻訳調をどこまで避けるかも難しいところです。
たとえば、これは翻訳家の柴田裕之さんがあげておられた例文を少しだけ変えたものですが、
直訳すると、
「彼は車をできるだけ激しく運転したにもかかわらず、日暮れ前には家に着かなかった」
となるところを、
「彼は必死で車を飛ばしたが、家に着いたときには日が暮れていた」
と訳すと、
「原文のニュアンスが失われている」と考える人もいます。たしかに、そうとも言えます。
でもやっぱり、前者の調子が一冊つづくと、「翻訳ものは読みにくい」と感じる人も多いでしょう。
私は後者にしたほうがいいという考え方です。
ただ、カフカとなると、これが難しくなってきます。
というわけで、今回も悩みつつ、翻訳のつづきです。