カフカ『巣穴』32
フランツ・カフカの短編小説『巣穴』を翻訳していくtheLetterの第32回です。
頭木弘樹
2026.07.06
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●翻訳のつづきです
幸運な時期もあった。自分にこう話しかけそうになった。おい、世界から敵意が消えたぞ。少なくとも鎮まったようだ。それとも、巣穴の持つ力のおかげで、これまでの死ぬか生きるかの戦いから救われたのか、と。ことによると巣穴は、これまで考えていたよりもずっと、巣穴の中で想像していたよりもずっと、わたしを守ってくれるのかもしれない。そんな思いが高まると、こんな子どもじみた願望も抱くこともあった。もう二度と巣穴の中に戻らず、出入口の近くに棲みついて、出入口の観察を一生つづけ、もし自分が巣穴の中にいたとしたら、どれほど安全に守られているかを、つねに目のあたりにして、そこに幸福を見出そうと。